Sky High! −桃彦の場合−

桃彦にとって「空を飛ぶ」ということは、日常茶飯事な事であった。
…夢の中での話であるが。
空を飛ぶ夢というのは、欲求不満の表れだと言われているが、
常日頃から、様々な面において、欲求など満たされたことがないと考えている桃彦にとっては、
致し方ないことかもしれない。そのくらい桃彦は、暗い。
そもそも自分は夢を見ているのだろうか?
実はあやふやだったりするのだが、しかし目を瞑っている間に、「空を飛んでいる」という認識があることは確かだ。
奇妙な浮遊感。時には急降下だとか、落下だとかしたりして、恐怖で目が覚める。
そんな夢が楽しいはずがない。
それなのに。

「5月だ。空を飛ぶぞ。」

なんだかよくわからないバアル先生が、また変なことを言い出した。
桃彦は常日頃からハの字な眉毛をさらにひそめた。
空を飛ぶのがそんなに面白いことか。
夢に対する嫌悪感も手伝って、不参加にしようと思ったその時、

「ちなみに行事は全員強制参加だからなー、病気などしないように。」

…理不尽な。
桃彦はうんざりしたが、抗う気力もないので眉毛をハの字にしたまま、黙って概容を聞いていた。

一応、砂薇に、神言を使って嵐にでもしてくれないかとこぼしてみたが、
「そんなことに神言は使えません。ていうか桃彦さん、空飛びたくないんですか?わたしは楽しみなんですけど。」
と言われてしまっては、黙るしかなかった。


当日。桃彦の気分は暗く、重かった。元々暗いので、誰も気付かなかったが。
学園側の用意したアイテムを適当に選び、なんかもうどうでもいいやと思いながら、開始時間を待った。

「浮遊、開始っ!」

なんだかよくわからない開催宣言がバアル先生により、高らかに告げられる。
桃彦は、手に持った瓶の中身を、身体にふりかけた。
……特に何も起こらない。

「どうした桃タロウ、その粉は邪念を捨て去らないと宙に浮かばないぞ。」
「………邪念…」

今のところ、そんなものは、ない。

「冗談だ。正しくは、こう、意識を集中してだな、あー…気力で宙に浮かべ」

いまいちアドバイスになっていない発言を残して、バアル先生は他の生徒のもとへ行ってしまった。
気力……これも、ない。
どうしようかなーとぼんやりしていたら、クラスメートのシオがやってきた。

「どうしたの桃彦くん、飛ばないの?」

見ると、両手には大きな杖を持っている。彼女はこれで空を飛ぶようだ。
無言で立っている桃彦の手に握られた瓶を見つけて、シオは言った。

「あ、それねぇ、楽しいこと考えないといけないんだって」
「…楽しいこと…」
「えーと、好きなこととか?」

…間。

「もー、せっかく楽しい行事なんだから、もっと盛り上がらなきゃだめだよぅ!」

言いながら、シオはぷくーっと頬を膨らませた。
盛り上がる…桃彦とは程遠い言葉である。
が、そんなことは知りもしないシオは、何とか盛り上がらせようと、桃彦の腕をぶんぶん振った。

「よぅし、桃彦くんがひとりで飛べないなら、私が一緒に連れてってあげる!」
「…は」
「後ろ、乗って!」

問答無用で、杖の後ろに座らされた。
彼女のドジっぷりを日頃ちょくちょく見かけていた桃彦は、かすかな不安を覚えた。
そうこうしているうちに、シオは杖に魔力を込め始めた。

「行くよーっ」

杖のまわりに円形の風が纏う。
砂を吹き飛ばし、綺麗な円が目に見えた。
途端、足が地面から離れる。
と、思うのもつかの間、ものすごい勢いで、杖は垂直に上昇していった。

「ギャーーーーーーー」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

シオの悲鳴と、桃彦の声にならない悲鳴が混ざって通り過ぎていった。
雲を突き抜けたとき、ようやくそれは止まった。

「…お、恐ろしかった……」
「ごめんねぇ…ちょっと魔力込めすぎちゃった☆」

てへ、と振り返るシオは、ガチガチに硬直している桃彦を見た。

「じゃあ、ゆっくり旋回するね。」

緊張を解そうと、シオはにこやかに言った。
そして杖はゆっくりと移動を始めた。

上空は空気が若干薄いが、風が気持ちよく、すがすがしい。
妙な浮遊感もなく、杖は船のように空を滑っていく。
桃彦の緊張はだんだんと解れ、ようやく景色を感じることができるようになった。

「かなり高いところに来ちゃったねえ…あっ、桃彦くんは高いところ、大丈夫!?」
「…うん」
「わー学園があんなに小さく見えるよー」

シオに言われて、桃彦も下を見た。頭がくらくらするような高度。

「…すごい」
「すごいねー!気持ち良いね!!」

シオの言葉に、思わずうなずいた。
夢とは違う。綺麗な景色と、爽やかな空気。目の前に広がる、青い青い空。
わたあめのような雲のかたまり。そのまわりにちらちらと虹が見えることもある。

「空を飛ぶのって、面白い…」

思わずつぶやいていた。

「だよね。やめられないよね!」

にこにこしながら、シオは言う。

「…今日から少し楽しい夢が見れる、かな」
「? 夢で飛ぶよりも実際に飛んだほうが楽しいよ。桃彦くんさえ良ければ、いつでもつれてきてあげるよ」

そう。夢よりも現実のほうが楽しいに決まってる。
それは、理解っていたはずだけど、新しい発見だった。

「…ありがとう、しお」
「『シ』オだよぅ、お塩みたいに言わないでよぅ」



…数時間後…

「…で、いつになったら降りるの?」
「えーん、上手く降りれないよー!!」
「……寒くなってきた…」

上空でこごえる2人をノイス先生が保護したのは、それから更に1時間後のことであった。









おちまい。
なんか長くなった…!
空飛ぶのなんて楽しくないと思ってたけど、飛んでみたら楽しかった、で終わるはずだったのですが(笑
バアル先生@網川さん、シオさん&ノイス先生@いづるさんお借りしました。
シオさんとの絡みも、桃彦を楽しくしてもらうだけの予定だったのに、
連れてってもらっちゃった!!すみません、どうもありがとうございました(><)
シオさんの口調は超イメージで。可愛らしいのでこんな感じかなーと…
ちょっと幼すぎたらごめんなさ…(逃

桃彦をちゃんと動かしたのは実は初めてです。
暗すぎて笑えた(爆 しゃべりかたもボソボソしゃべる感じで。
それにしても、雲を突き抜けるほどの上空って寒いどころじゃないのではなかろうか(笑
まぁ、あまり現実的に考えてもね☆ってことでひとつ…

行事用のイラストはこの話を元に描こうと思っています。

2008年6月4日




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